謝罪セレモニー

不祥事を引き起こした会社のトップや教育委員会の責任者が記者会見で謝罪する光景は今時珍しくありませんが、いつも疑問に感じるのは彼たちが手許に置いたメモを見ながら喋ることです。

 

そんなに複雑なことを喋るわけでもなく、時間を要するわけではないのに、下を向いたままお決まりの文句を読み上げるだけです。

当然、謝罪のコメントにも反省の色など微塵も感じられませんし、何よりも、まったく心がこもっていませんよね!

 

たかだか34分のことであり、問題の争点は知り尽くしているはずなのに、ひたすらメモに書かれていることを読み上げるだけで、どれだけの説得力があるというのでしょうか?

とりあえず、一過性の嵐をやり過ごすために謝っているようにしか見えません!

仮にも、官庁や企業の責任者が事前に用意したものがなければ、謝罪の言葉が出てこないというのは情けなさ過ぎませんか?

 

例え言葉に詰まったとしても、事実関係を明確に説明した上での謝罪であれば充分誠意は伝わるものではないでしょうか?

それにお辞儀の角度まで打ち合わせしているかの様な謝罪セレモニーはいい加減に止めにして欲しいものです。